神無月のこと   

1日 76回目のユトリーバ。8人のお客様。「愛の喜び」はイタリー語で80%こなせるようになった。
今日から次のトスティのセレナーデにはいったけれど、イタリー語はとても細かく難しくて、日本語でやっとだった。
 まあ、コンクールに出るわけでなし、ゆるゆるといきましょうということで、今日は日本語の訳で練習したけれど、いつの時代の訳なのかこれも難解。
フレーズと歌詞とが溶け合わない。著作権も切れているだろうし、一部勝手に作りかえる。
 今日のご馳走は、完璧なインターナショナルで、アツコさんのお赤飯、味噌汁、それに息子が出張のお土産で呉れたトリフの壜づめとオリーブ油で、フランスパン。これ、好評。
 パンナコッタは、これも材料を買ってきてくれたので、どうにか訳したイタリー語のレシピで作ったら、これもおいしかった。
 エイコさんのキムチもいつもながら好評。調子にのって、これはドイツのオーガニックチョコレート、と、取っておきをテーブルに並べる。
 夕方になって病院に行ったら、2か月の入院の最後の夕日に、逆光の富士山がくっきりと姿をあらわした。
 以前看護師さんに聞いていたので、毎日待ち望んでいたのだけれど、今日まで見ることができず、最後になって見えて、縁起が良い。
富士山崇拝者の私にとって、最高のプレゼントだと思った。
 折よく担当医が見えたので、今日初めて富士山が見えたことを報告したら、そうですか、富士山が見えるんですね、とびっくりされた。
 忙しくて外の景色を見たことがなくて、と言われて、恐縮。
 今までのお世話になったお礼を言って、最敬礼したら、むこうからも最敬礼が返ってきた。
 担当の看護師タカギさんに、枕もとの棚に置いてあった、手作りの赤いお人形をあげる。
あとで見たら、ナースステーションのカウンターに飾ってあった。

2日 2か月ぶりに夫が退院してきた。久々に晴れた秋の空は高く、絶好の退院日和だ。残念だったのは、お世話になった看護師さんがほとんど出払っていて、2、3人にしかお礼が言えなかったこと。
 退院後の注意書きは、気が遠くなるほどの項目で埋まっている。尿酸値の高い夫だけれど、今まで飲んでいた薬は、飲み合わせが悪いということで飲めなくなり、退院直前に尿酸値が上がっている。
これからたくさんのシーソーゲームを経験しなくてはならないだろう。
 早めの夕食をしている途中で、植木屋の斎藤さんが来訪。頼んでいた仕事の打ち合わせを、玄関で立ったまま1時間。
 彼も前立腺癌の手術をやったばかり。仕事できるのか心配だけれど、62歳という歳は、まだまだ跳ね返す力がありそう。
 夫が痩せたのにびっくりしていた。

3日 「怡行会(いこうかい)」は高校のクラス会。今日はこの間小学校の「華の会」をやった横浜駅前のベイシェラトンホテルの「木の花」で開かれた。
 24名の世にはばかっている連中は、したたかだった。「皆元気ねえ」、あら、「元気でない人は来ないのよ」ごもっとも!
 2次会に流れ込む時間の余裕がないので、後ろ髪を引かれる思いながら、終わってすぐに誰よりも早く帰って来た。
 高島屋で夫の食べられそうなものを漁ってくる。
 夜になって、ミノを誘いこみ、ヨーコさんのお父様のお見舞いをことづける。いい日だったなあ。
 今日ご機嫌な理由がもうひとつ。いままで好きなのに着られなかった服が、少し痩せたために着られるようになったのだ。
 退院する時に会えなかった看護師長さんに、お礼の手紙を書いて投函。すこし気が済んだ。なにしろ言いたい放題の私を柔らかい心で受け入れてくださったのだから、帰る時にはお礼が言いたかったのだ。

4日 退院して初めて、前にかかっていた近くの病院の外来に行った。
大学病院からのすべての資料と、映像を纏めたCDを持っていく。
 主治医の先生は、あらかじめ大学病院からの連絡を受けていたので、おそれ多くもかしこくも、待合室に出迎えて下さった。
 でも一瞬ぎょっとしたような表情を見せたのは、2か月の間のあまりの痩せぶりを見てのことだったのだろう。
 今後の指示を聞いて、今日はご挨拶だけで帰る。まあ、ゆるゆるとでしょうね。と言われた意味がとっさに解らなかった。
 今日は秋晴れなので、絶好の洗濯日和。2か月間の大学病院の垢をすべて洗い流して、さっぱりする。

          

5日
 今日も朝のうち見事に晴れる。でも溜まっていた疲れがどっと出たように、いくら眠っても眠い。
 お使いに出たら、バスがやってきた。1時間に1本の多摩川行きだ。思わず駆け出しそうになって、はっと気がついた。
 もうこのバスに乗って病院に行かなくてもいいんだ。2か月の間の、すりこみはすごい。
 大根おろしをふんだんに食べたくて、八百屋さんに行ったら、スーパーより100円高かった。
このお店が売りに出ていると、ついこの間聞いたばかり。ここのおばあさんが冬の冷たい時に刻んで売る、青森のごぼうは、絶品なのだけれど、お店が売れたらもう食べられなくなる。
 夕方になって坂を下りて行ったら、街は人で溢れていた。
段々と秋めいてきて、人の気持ちも外に向いてきたらしい。人の動きにつられて私も浮き浮きとして、ブティックをはしごして時間を過ごした。

6日 朝のうち雨。病院から帰って来た旦那は、なんだかやけに元気で、まちこさんが引っ越しをしてくださり、私が模様替えした部屋を、また自分の使いやすいように動かしている。
 好きにすればいいわと、しばらく知らん顔していたけれど、静かになったので覗きに行ったらベッドでばてていた。だからいわんこっちゃない。
 デイホームで、いつもコーラスに反応を示さない紳士が、今日は「悲しい酒」を一緒に歌っていた。
そうか、あんなに難しい顔をしているけれど、演歌が好きなのだ。来週は彼のために、「矢切りの渡し」でもいれようか。
 人の好みが千差万別なので、デイホームでの選曲にはよほど気をつけなければならない。
 夕方植木屋さんが顔を出した。まだ病気が全快していないけれど、今週から仕事をするという。
 お互いに、お大事にと、エールの交換をして帰って行った。

7日 困っていることがひとつある。我が家には今お菓子が溢れているのだ。皆様のご厚意は、有難いことなのだけれど、夫は食事制限中だし、私だけ食べるのは気が引けて遠慮している。
娘ときたら、何か上げようというと、即座に断ってくる始末。
彼女は目下ダイエットに熱を上げている。なんたって、中年肥満の瀬戸際なのだ。
 だから来月のユトリーバをひたすら待ち望んで、賞味期限とにらめっこで、冷凍庫が満杯状態。
お菓子の食べられないネパールの子の顔が目に浮かぶ。行きたいなあ。
 今日は1週間ぶりにプールに行った。今日から始まる新しいアクアのレッスンをどうしても受けたかったので。
 おとといから痛かった右の足首が、帰ったら治っていた。

8日 夕べから激しい雨。朝が暗いと余分に寝られていい。植木さんがフェンスの作り変えの見積もりを持ってきた。
 病み上がりが二人、庭で小一時間しゃべっているので、どちらのためにも気が気でない。
 午後、寝室に私の部屋の大きいテレビを入れるために、引出しを引っ越し。流石にテレビは運べず、夜になってやってきた息子に、やってもらう。
 旦那の献立が、そろそろ底をついてきた。
 彼の食べられないもの、牛乳、卵、揚げもの、いか、たこ、帆たて、貝類、脂身のある肉……。
そこで今日から献立をノートに書くことにした。
 今夜の献立は、ハト麦粥、冬瓜とぎんなんとグルテンの薄味煮物、焼きはんぺん、サラダ(きゅうり、コーン、リンゴ、かにもどき)味噌汁(三つ葉、とうふ)山形のふき豆、食後に梨。
 学のないわたしのこと、カロリーがどのくらいなのか、知ったこっちゃない、って感じ。

9日 秋の空が高く広がって、気持のいい朝。大急ぎで洗濯機を回す。今日も午前中は、慶応日吉のセントラルウエルネスクラブに行く。先週は1回も行かれなかったので、今週は何としても3日は行くつもり。
 慶応という学校は、なんとなく好き。兄弟、いとこ、いとこの連れ合いと、慶応の卒業生が10人ぐらいまわりにいるので、私には関係ない学校だけれど、親近感がある。
家から近いので、朝行ってお昼には帰れるのもいい。
 最近は日吉の東急で、晩のおかずを調達して帰る習慣がついた。ここの東急は品物が新鮮。
 今日も魚、野菜を担いで帰る。12時に帰ると、旦那に言って出かけたら、駅に着いたとき3分前だった。思わず走る。
我ながらあほ!お昼はにゅうめんと、買ってきた柿の葉寿司。運動をやった後なので、ひときわ美味しい。

10日 午前中健康体操をやりに行く。今日のテーマは尿漏れ予防ですと!朝のうち良いお天気だったのに、夕方近くなって、急に降り出した。
午後ヤスコさんが陣中見舞いといって現れる。1年ぶりのご来訪だった。 
 献立がひっ迫してきて、あれこれと知恵を絞る。今夜は、脂のない豚の薄切りを拡げて、庭の大葉をいっぱいに敷き詰め、さて、と考えた末に、甘味噌を塗ってくるくると丸めて、一旦オリーブ油をフライパンに敷いてから、拭きとって焼いた。
 人参大好きおじさんのために、冷蔵庫の隅っこから探し出した蓮根と、インゲンを加えて、オリゴ糖とあごのだしで、煮る。
 台所の引出しに何かつかえていて開きが悪い。引っ張り出してみたら丸い麩が出てきた。さっそくお味噌汁にほうりこみ、ネギとわかめを足す。
 投げやりのようだけれど、すくなくとも病院のご飯よりはまし。お粥はハト麦のほかに、稗をすりつぶして入れたら、まろやかで美味しかった。私も退院以来お粥のお付き合い。

11日 朝のテレビでファーブルの昆虫記に傾倒して、昆虫の絵を描き続けている97歳の熊田千佳慕さんという方が出ていらした。
 その絵の緻密さにも心を惹かれたけれど、なによりもそのモットーとするところの、ものを「見る、見つめる、見極める」という言葉にはっとした。
私にもっとも欠けているのが、それなのだ。
 さしあたって身近な具体的なことでも、お皿を洗って、それを水切りの上に置くまでに、目が離れている。だから、きちんと置き切らないうちに、お皿はとんでもない方向に飛んで行ってしまい……となるのだ。
 考えてみたら、人を見つめる、見極めるというのも、とても難しいことなんじゃないかしら。
 私がたくさんの人間関係に恵まれているのは、ひとえに、私の周りの人が寛容な精神に溢れているからなんだ。
 今朝は雨。夫の部屋からベートーヴェンが流れている。私は今日ベートーヴェンを聞きたくないので、近寄らないことにする。
 夕方になって街に降りて行ったら、お祭りの前夜祭をやっていた。
 遊歩道のベンチで、家族連れがワインを飲んでいるのがちょっぴり羨ましく、眩しく思われた。
なんとなくイライラするので、久しぶりに深夜モーツアルトを弾いたら、我ながら下手!

                            

12日
 
日曜日でしかも3連休だけれど、関係ない。なにしろ我が家は1年じゅう日曜日なのだから。
 退院以来旦那が早起きで、7時ごろにはトーストを食べ始める。仕方がないから私ももやもやと起き出して、きゅうりなど刻みに降りていく。だから、昼間の眠いこと!
 予想はしていたけれども、病院にいたときのストレスを、解消している最中の旦那は、結構気難しいことをいう。
 ほ・ほ・ほ…、と聞き流してしまえばどうということなく過ぎていくことが、性分からできず、時々チクチクと心に棘を刺す。
 そのたびに、今頃は病院に行くバスの中だった、と思うと、やっぱり行かずにすむことのほうが楽に思えて、心を収めている。
 用事はなかったけれど、夕方街に降りて行ったら、女神祭りで、まっすぐ歩けないような混雑ぶりだった。
ドンクにいって、焼き立てのパリジャンを2本買って、ブティック「アウラ」に遊びに行き、1本置いてくる。
 カクマツさんたら、その場でむしって食べ始めた。手当たり次第に試着して、買わずに帰る。
 今夜は豚汁(かわりに鶏肉)と、大根、干し柿のサラダ、それにフランスパンにオリーブ油と瓶づめのトリフという変な食事になった。

13日 午前中はデイホームへ歌いに行く。最近さぼって、朝発声練習をしないで行くので、最初のうち声がかすれている。
 今日の担当のMさんの口紅がきれいで、思わず「わあ、今日きれいね」と言ってから、「いつもに増して」と言い直す。
 口の軽い私は、ほめ言葉のつもりで、結構人を傷つける傾向にあるので、気をつけねば。
 そういえば今日は体育の日。近くの小学校の前を通ったら、運動会をやっていて、賑やかな音楽と声援が聞こえてきた。一瞬そっちに行きたくなった。
 午後街に出る。女神祭りは今までで最高の人出で賑わっていた。「とうきゅう」の前で風船芸人さんが汗をたらして熱演していて、面白いのでつい時間を潰してしまう。

14日 なんとなく曇り気味の朝。4日ぶりにアクアサイズを受けに行った。このプールは響きすぎて、コーチの指導する声が全く聞こえない。となりのおばはんは、何にも聞こえやしない、なんとか出来ないのかしらねえ。とぶつぶつ文句を言っている。
 怒るほどのことでもないので、相手にせず知らん顔していた。なんにでも文句を言うのは、旦那だけでたくさん!
 彼は朝からテレビを見て、怒りどおし。ほんとは私だって怒りたいニュースばっかりだけれど……
 帰りに横浜駅に出て、高島屋で、旦那に頂いたお見舞いのお返しを発送する。縁起ものなので、これだけはやりたかった。
 一日じゅう雨の日となる。

15日 病院生活のリズムがすっかり身について、旦那は早寝早起き。今日も6時には起きて、カーテンを全開にする。
 今日は退院してから2度目の病院外来に行くため、8時半に一緒に出かけて行った。
 歩いて5分の距離だけれど、薬局に寄って帰ったらたっぷり2時間は経っていた。
 待っている間に、壇ふみさんの、「父の縁側、私の書斎」を読み切ってしまった。
とても面白い本だった。それにしても才女だなあ。
 血液検査の結果は、赤血球が減っているとのこと。つまり栄養失調ということかしら。
 帰り道で花屋を覘いたけれど、気に入った花がないので、そのまま買わずに帰った。
 午後気まぐれに庭の落ち葉を掃いたり、しばらく庭で遊んだら、くたびれて1時間昼寝。最近慢性的睡眠不足だ。
 夕方近くなって、朦朧と起き出し、近くの郵便局の局長さんに頼まれていた、年金郵便局扱いの手続きををやりに行く。
 駅前の銀行が頭が高くて官僚的なことに、腹を立てていた折も折とて、頼まれてお付き合いしてしまったというわけ。

16日 この2、3日なんとなく胃が痛い。どうやら神経性のものと思われるので、今日は泳がないで、プールでジャグジーにどっぷりと漬かって周りを観察することにした。
 平日の朝のお客さんは、全員といっていいほど、年配者で溢れている。
 女性の水着をみていると、皆の好みがそれぞれで、面白い。競泳用のを着ている人は、さすがに泳ぎのこなれている人が多く、今はやり…らしい、長めの裾のセパレーツを着ているのは、新人。
 そういう人は、せっせと水の中を歩き、ほとんどが「泳がない組」。
 そろそろ水着がくたびれてきているので、今度買うなら、と観察することにした。ひとり、茶と黒の細い縦縞のを着ている人がいて、目をつけた。
近づいて、どこで買ったのか聞くチャンスを狙っている。
 ちなみに豊洲とは全く違う客層なのも、面白い。
 夕方になって、かねて気になっていた、娘の家の玄関先の草を取る。実の娘だから出来ること。お嫁さんだったら嫌われるだろうな。あとで何も言わないので、「草むしりしたわよ」、といったら、「あれ、気がつかなかった」だと。

17日 文句のつけようもない秋の空が広がる。今日は健康体操の日。2、3日続いた胃の不調も、昨日の食事を控え目にして、どうやら元に戻りつつある。この健康体操のプログラムは結構気に入って、出来る限り休まないことにしている。
 それでも45分間のメニューはかなりきつく、帰ってから1時間ほど昼寝。
 3時になって街に出ていく。今日はいつもより大きな半径を描いて一回り。ドンクでフランスパンを買ってから、すこし離れた花屋さんまで行くが、パンが邪魔で、短いのにすればよかった、と後悔しながら歩く。
 店頭で、藤色のかわいい花を見つけ、3鉢買った。宿根草で春、秋と二度咲くというのが気に入った。
 名前を聞いたら、小さな紙に「ネメシヤ」と書いてくれた。
 息子と娘の家の間の露地を入って、真っ先に目につく所に寄せ植えにした。「とうきゅう」に寄って、新しいステンレスのやかんを買う。ますます大荷物になって、帰りの坂は胸突き八丁だった。

18日 今日もいいお天気。最近庭仕事に精を出して、だいぶ綺麗になった。
 昼食後1時間1本の多摩川行きのバスを狙って、雪が谷の「花工場」に行く。この間買ってきたガーデンシクラメンが気にいって、買い足そうと思ったので。
 なにしろ、他の花屋さんの1/3の値段で買えるのだ。
 珍しく時間ピッタリに来たバスに乗ったけれど、今日の運転手さんは、一言もしゃべらない。
この上なく無愛想なぶん、テープの案内は丁寧だった。
 このバスは、終点から15分で花屋さんの前に戻ってくると、お向かいの奥さまに聞いていたので、同じバスに乗って帰って来たら、ほんとうに降りるまでこの運転手さんは、ひと言も言わないままだった。よっぽどいやなことがあったのかしら?
 余っていたプランターに6鉢入れたら、玄関先がぱ〜っと明るくなった。
 明日はもう一度近くの花屋さんで「ネメシア」を買ってくるつもり。
 夜になって、娘のお姑さんのセツコさんと、1時間電話でおしゃべりをして、首が痛くなった。でも楽しいひと。

           

19日
 レイコさんがエイコさんの所に借り縫いに行くというので、仲間に入れてもらう。
 お昼を済ませてから、と思っていたら、美味しいお寿司を御馳走して下さると聞いて、時間を早め、大慌てで夫のお昼のために、玉ねぎ、にんにく、ドライトマト、生トマトで、スパゲッティを作ったら、スパゲッティは食べたくないと、ぬかしやがった。
 またまた大慌てで、でっち上げご飯を作って、シュークリームを買って、12時半にレイコさんと自由が丘のホームで落ち合う。
 妙蓮寺の丘の上のエイコさんのお宅は、家じゅうセンスが良くて、とても居心地がいい。お寿司を御馳走になり、どっぷりと気分のよさに沈み込んで、元気が回復した。
 時間を見てあわてて腰を上げる。陽が短くなって、駅に着いたら真っ暗だった。昨日カレイの煮付けを作っておいて、ほんとに助かったこと!
 私はお昼に食べなかったスパゲッティをやっつける。そういえば花屋に行き損なって、明日の楽しみになった。

20日 朝8時に植木屋さんが来る。今日から玄関先の工事のはじまり。長いことの課題のままだった、家の玄関先だけれど、子供たちの家が出来て、やっと方向付けが決まった。
さしあたって、取りかかったのが、私が大事にしていたのうぜん蔓と、南天の掘り起こしだ。
 旦那は気にしないようだったけれど、お清めの塩を撒く。来年からあの大好きな花がみられないと思うとちょっと、さみしかった。
 今日はもう一つショッキングな出来事があった。
 子供たちの家の間に、細い通り道がある。当然そこは我が家の敷地でもあるのだけれど、朝ゴミを捨てに出たら、何やら黒い山がコンクリートの上にある。何かと近づけば、それは、なんとなんと、巨大な排泄物だった。
 よく泥棒が入る前の精神統一?のために、やらかす、ということを聞いていたけれど、その一件はどうやら、それではない。
 なぜなら、下着ごと置いてあったのだ。隣の旦那が出動して、片づけてくれたのは、この間の彼の家の玄関先の草をとってあげたお返しかも。
 夕方、やっと「ネメシア」の花を買ってきた。今度は思い切って12鉢。この間買ったのは、隣の娘にプレゼントする。
 小さなフジ色の花が、風に揺れる姿が、とっても彼女に似合うと思って(ご機嫌のいいときの)。

21日 じっとりと汗ばむほどのお天気だけれど、残念ながら洗濯するものがない。
こういう日までとっておけばいいものを、せっかちな私は、夜のうちに干してしまうものだから…
 朝7時半に植木屋さんのご到来。午前中は何度も打ち合わせのために声がかかるので、予定していたプールは取りやめにする。
 昨日買ってきた「ネメシア」12鉢を4つの植木鉢に植え込む。植木屋さんの仕事の邪魔になるので、太陽を追いかけてせっせと移動させながら、ふっと過保護な母親みたい、と思った。
 昨日残ったささみの餃子の具を鶏団子にして、冷蔵庫の野菜あれこれで、スープを作って置き、九品仏の浄真寺まで、10月分の地代を払いに行く。

22日 まだ明けやらぬ薄墨色の世界で、ごそごそと音がする。早起きの夫が服を着ているんだと思うまでに、しばしの時間がかかった。
 この風景はどこかで経験したことがある。どこだっけ、と思いめぐらして、はたと思いだしたのは、スイスのシルスマリアの夜明けだった。
 文字通り森の中にあるヴァルトハウスホテルの夜明けは、星の帽子をかぶったような空が、だんだんと透明になっていくとともに、頭の中も少しずつはっきりと活動し始めて一日が始まる。
 あまりの星の美しさに、3時頃から飽くことなく2人で空を見つめていたっけ。毎年クリスマスになると送られてくるこのホテルのメッセージカードを見るたびに、もう一度行きたいと思いつつ、もう無理なことになってしまいそうだ。
 昨日から続いている偏頭痛が治ることを願いながら、植木屋さんのお相手をして、一日が暮れてしまった。

23日 数日続いた高気圧が東に去って、低気圧が近づいているらしい。それでも空は頑張って、朝のうち太陽が差し込んだ。
 だんだんと毎日のレシピの材料がなくなってきて、この2、3日の扁頭痛の原因のひとつにもなっているらしい。
 今夜は…ええと、何食べたっけ?あ、鰆の粕漬けと白滝とピーマンの炒り煮、生ハムとリンゴのサラダだった。
 夕方から雨模様となって、明日は本降りの予報。植木屋さんが来なかったら健康体操を受けに行くつもり。
 今週は1回も行かれないまま。
 夜になって、ユリコさんから熱海の新鮮な干物が送られてきた。暖かいお心遣いに感謝する。
 ご無沙汰して気になっていたお友達に電話をすると、申し合わせたように、遠慮していた、とおっしゃる。
 みんないい人ばっかり。夫はこのところとても元気で、良い状態が続いている。

24日 夜中に雨の音で目が覚めた。頑張ってもう一度寝ることにする。
 暗い朝はゆったりと寝られていいな、と思いながらも、6時半にはのそのそとベッドを離れた。
 雨なので今日は植木屋さんが来ない。だから9時半にスポーツクラブに1週間ぶりに行くことができた。
 久しぶりにびっしょりと汗をかいて、気持のいいこと。でも帰ったらどっと疲れが出て、珍しく2時間も昼寝をしてしまい、慌てて食事の支度にとりかかる。
 クローゼットを片づけていたら、お仕立券付きYシャツの布が出てきたので、これもあり合わせのレースを付けて、テーブルクロスを縫った。
 久し振りにミシンを出したので、糸の掛け方を忘れてしまって、手こずる。

25日 テレビの天気図を見ていたら、プチトマトを散らばしたような、お日様のマークで埋め尽くされていたのに、空は一向に晴れてこない。
空がどんよりとしているので、8時までしっかりと寝てしまう。
 今日は旦那もゆっくりだ。お昼前に、久し振りで玉川高島屋まで買い物に出かけた。やっぱりデパートはいいな。
 スーパーみたいにせせこましくなくて、ゆっくりと地下の食料品売り場を見て歩く。
 今日の売り場はハロウィン一色。つられて娘のお義母さんのためにチョコレートを一箱買った。
 明日の予約を入れてあった美容院に、思い立って急遽変更を入れて、2時から4時まではのんびりリラックスタイムとなった。
 旦那が胃の具合がすっきりしないので、食事を軽めにして、という。だから折角デパートで買ってきたカレイは私が食べることになった。とにかく冷蔵庫にストックがあるのが嫌。旦那にはご要望どおりにはんぺんとカボチャだけを付けてあげる。

                     

26日
 今日は娘の旦那のご両親の所に行く約束をしていたが、夕べ下半身だけのシャワーを浴びて、出てきた夫の様子がなんだか変。黙って2階に上がって行ってから、しばらくして呼ぶ声がしたので、見に行ったら、ベッドでがたがた震えている。
暖かいお湯を飲ませているうちに、落ち着いたけれど、熱を測ったら8度7分もある。
 夜中じゅう湯たんぽを入れたり、頭を冷やしたり、汗をかいたパジャマを着替えさせたりして、寝ることもできなかった。
 日曜日だけれど、かねがね言われていた通り病院に電話をして、8時半にタケトシ旦那に送ってもらって、入院となった。
 お馴染みの看護師さんが面倒をみてくれる。3週間の保釈期限切れということ。
 1週間ぐらいのうちには帰れるだろうと、楽観してはいるものの、どうなる事やら。
 大学病院に行く以前の病院なので、家から5分というのがありがたい。でも、デラックスな大学病院の生活を2カ月送った後なので、狭くて気の毒。だけど正直なところ、病院に入ってくれて、ほっと安心というのが本音なのだ。

27日 久し振りでお天道様がご機嫌を直して顔を出した。旦那の入院騒ぎで忘れていたけれど、今日は娘の誕生日。
顔を見ていると彼女もすっかり女になったな、と思う。
 5日間のガーデニングの工事が今日終わって、やれやれだった。この植木屋さんはプライドが高くて、自分の考えを押しとおすために、旦那はすっかりストレスを溜めてしまった。
ひょっとしたら具合が悪くなったのはそのせいだったかもしれない。
 考えてみたらこのところ、ストレスのたまることが多かった。
 2週間前に調剤薬局で、注文した抗がん剤の粉薬を、古い残りを混ぜて包み直されたことから、問題は始った。
 只さえストレスに押しつぶされそうになっている病人にとって、許しがたいことだったと思う。
 これは、断固抗議して取り替えてもらい、病院にも報告した。完全な管理ミスといえる。少し前にニュースでやっていた点滴の作り置きと同じ次元の話だ。
 テレビをつければ、後期高齢者の医療費問題、年金問題、与党と野党のけんか、あとは見たくもないあほ芸能人ばかり。
 これでは、もうこの日本から逃げ出したくなる。でも、私にとっては、今週は夫の入院で、3食の束縛から解放された貴重な時間なのだ。
この際現実から背を向けて、自分の時間を楽しまなくては。

28日 すっきりと晴れる。朝7時、まだ目が覚めずにもうろうとした意識の底で、電話が鳴っている。
夫からだった。ちなみに公衆電話の呼び出し音は、陽気な「ラ・クカラチャ」だ。6人部屋の真ん中の狭い空間に押し込められた旦那は、少々精神状態が不安定のようだ。
 只さえ閉塞感があるうえに、またもや2人の肺炎患者と一緒になってしまい、よっぴて咳の音に悩まされたという。
 大学病院で、感染症に注意しなければならないので、マスクを嵌めているよう指示があったが、これでは不安になるのも無理ない。
 朝8時半に病棟に行き、部屋を変えてもらうよう交渉した。今度は2人部屋で、前が建物の壁で、日が差さないのが、わたくし的には嫌だったけれど、本人はやっと安心したようだった。幸い隣の人も穏やかで、2、3日うちに退院だというからこれでしばらくは落ち着くことだろう。私はどっと疲れが出た。
 やたらと眠いけれど、午後から日吉まで泳ぎに行く。日吉のみずほ銀行で、フェンス工事の代金を引き出し、帰りに病院に忘れていたものを届けに行き、1時間ほどおしゃべりの相手をして帰る。

29日 眼科の6か月に1回の検診予約が入っていたけれど、なんだか行く気になれなくて、キャンセルする。
 朝9時に旦那の所に新聞を持って行き、少々落ち込んでいるので、1時間付き合って様子を見てから、プールに行く。
 入院して4日目の今日まで、まだ絶食のまま抗がん剤を飲んでいるので、体力が弱って、トイレに行くのがやっとだという。
 なんだかあたりまえの話で、病院も、もう少し病人のメンタルの方向で知恵がないものかしら、と思ってしまう。
 帰ってから遅い昼食をとって、ドンクにフランスパンを買いに行き、ついでに本屋に寄って欲しい本を2冊買ってきた。
 夕方4時からもう一度病院に様子を見に行ったら、ちょっと気分が高揚していて、安心した。家に帰っても落ち着かないので6時半までおしゃべりに付き合う。
 今夜のご飯は何も用意がなく、冷蔵庫のものも見たくもなくなって、通りがかりのお寿司屋さんで釜めしを買ってきて食べることにした。紅葉がきれい。

30日 朝のうちに病院に水を届ける。今喉を通るのは水だけなので、毎日買っていたら、たまったものではない。
 そこで昨日から、非常用に家に備蓄してある1リットルのボトルを持って行くことにした。昨日持って行ったのがもう空っぽ。
 小さいボトルに詰め替えて、冷蔵庫に並べてあると、今日一日は心配しないで済む。
 お昼にみわこさんとまちこさんが来訪。久しぶりでM・M・Kトリオが復活。夕方まで楽しい時を過ごす。
 食事前に病院に行ったら、隣のベッドの方が退院して、夫の個室となっていた。昼食が出たと嬉しそうだったけれど、聞けば4日間の絶食の後に五分粥と常食のおかずが出たという。
 きっとお医者さんは試しているんだろうと推察した。常食を食べて血液検査に異常がなければ退院らしい。
 この次こういうことが起きるのは、何時だろうかと、それも不安材料のひとつだ。お医者さんの話では、こういうことがおそらく何度も起きるだろう、ということだったから、性根をすえて掛からねば。
 今日は二人の医師の意見がばらばらで、それが原因なのか、夫の血圧が180だった。
 それにしてもこの病院の看護師さんは、荒っぽい人が多い。さっぱりしていて良いといえばそうも言えるけれど、大学病院の若くて優しい人たちの世話を受けた後なので、なんだか気になる。

31日 朝から病院に様子を見に行く。今日は二人の主治医(若い先生のほうが主治医ということになっている)が来られて、話を聞く。要するにステントを入れたことによって、弁が開きっぱなしになっていて、そのために常在菌が、感染症を起こすのだということだった。
 とにかく明日のことは考えずに、今日一日の幸せを喜ぶという考えでいかねば。
 今日は10時からの健康体操にどうしても出たいので、行ったり来たりで都合3回の病院行きとなった。
 だんだんわかってきたことだけれど、この外科病棟には、アルツの人が何人かいる。
太っ腹な看護師さんが集められている意味が理解できた。夕方になって出直して行ったら、若いお客さんがきている。…と思ったら、娘だった。だから旦那は今日はご機嫌。きっといい夢をみているだろう。
 とにもかくにも神無月が終わってしまった。  
 明日から神様方が出雲の集会から帰ってきて、守ってくださることを期待して、新しい霜月にはいっていこう。
 

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